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京都地方裁判所 昭和45年(行ウ)10号 判決

原告 久保田繁太郎

被告 下京税務署長

訴訟代理人 服部勝彦 ほか五名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、別表一の(二)(三)のとおり原告に対し、昭和四四年三月一一日付でなした、原告の昭和四〇年分、同四一年分、同四二年分の所得税についての各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定(但し、昭和四二年分については同四五年四月八日付裁決による一部取消後の金額)をそれぞれ取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張 〈省略〉

理由

一  本件課税処分の経緯

請求原因1項(本件処分の存在)及び同2項(不服申立前置)の各事実については当事者間に争いがない。

二  本件処分の適法性の有無

1  前提事実関係

原告の本件係争年中の所得に別表二の(一)、(二)、(三)、(四)の各所得が存在することについては当事者間に争いがない。

更に、原告が、本件係争年中に本件墓地使用保証金として別表二の(五)の(1)に記載する金額を受領したことについては当事者間に争いがないところ、右金額が原告の本件係争年中の所得といえるかどうかにつき被告は返還が予定されない自由な利用処分ができる経済的利益増加に当ると主張し、原告はいずれも近い将来の返還に充るべき処分不可能な保証金若くは預り金にすぎない旨主張して争うので以下検討する。

2  所得税法上の「所得」の意義

およそ、所得税法(以下法という)は、課税物件である「所得」について正面から定義した規定をおいておらず、「所得」の意義は専ら法の他の規定及びその他の法令の規定の解釈から理解すべきところ、法は非永住者以外の居住者に対し「すべての所得」について所得税を課したうえ(法七条)、所得は発生原因やその種類によつて担税力に相違のあることから、所得を発生原因から考察して、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得、雑所得の十種類に区分したうえ(法二三条ないし三五条)、担税力が薄弱であるとか徴税上あるいは公益又は政策上の理由から非課税所得(法九条ないし一一条)と租税特別措置法や他の法令により課税除外所得を規定している。右のような法の規定の趣旨からするならば、法は経済的にみて納税義務者各人につき、その利用処分が自由な価値増加が発生した場合、このような利益のすべてを「所得」とし、法令上明らかに非課税とする趣旨が規定されていない限りこれを課税対象とするものとしていると解される。

3  本件墓地使用保証金による所得の存否

(1)  本件墓地、墓石の特色

〈証拠省略〉に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

原告は永らく竹谷聡進の相学を信奉し、同人の信奉団体である徳風会の教義では、焼骨は別に納骨堂に納め、墓碑には納めず、墓碑には先祖の名を刻んでこれを崇拝するのを吉とし、墓地の近くに祭祀者が住むことを吉相とするものであるところ、原告を代表者とする訴外会社は、右教義に従つた徳風会式吉相碑を製造販売し、これに対応して原告はその所有もしくは自由に利用しうる本件対象土地(これに訴外会社所有土地が含まれるか否か及び含まれることについて生ずる問題についてはここではさておく)を右吉相碑を建立すべき墓地として提供することとしたこと、吉相墓碑は日本の伝統的墓碑(この殆んどは前記墓地等法上の墳墓に該る)と異なり、納骨穴をもたない構造で墓地に平たんな赤土を置き、その上に碑を据えつけるところに特色があること、従つて吉相墓碑は日本古来の伝統的墓碑に比し移転撤去が容易であること、しかして他方本件対象土地は別に墓地等法にいう「墓地」としても昭和二八年一一月三〇日に京都府知事の許可を受けており、吉相碑に関する前記徳風会の拝礼の目的は従来の墓碑拝礼思想と同じく先祖の祭祀のためであること、吉相碑は日本の伝統的墓である納骨墓と同一敷地内に建立されている例もあり、外観上通常の納骨墓と変わるところがないことが認められ、祭祀承継者の移住と共に墓碑を移転すべきとするのが徳風会の教義であるとする証人久保田秀二郎の証言は原告本人の供述に照らし採用しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によるならば、吉相碑の構造が教義上の理由から日本伝統の納骨墓と異なる点があるとしても、祭祀の承継者、参拝者の先祖崇拝、祭祀の感覚は、右伝統的納骨墓に対するものと変りはないものと推認される。

なお原告は本件対象土地が墓地等法に定める「墓地」に当るか否かを争うが、右同法は墓地、納骨堂等の管理及び埋葬が国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とし(同法一条)、この目的に関係する限度において、同目的に適合するよう墳墓、墓地を定義し各種の行政規制を定めるに過ぎず、同法に定める墓地につき授受される金員の性質には何らかかわることがないので、本件対象土地の墓地等法の「墓地」該当性につき判断する必要はなく、ただ後に検討するとおり本件対象土地がもつ、社会通念上の墓地としての要素の強弱と同土地に関する保証金の収益性のかかわり合いの強弱をみれば足る。

(2)  本件墓地使用保証金受領の事情

前掲各証拠に、〈証拠省略〉に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

原告は、本件対象土地を吉相墓地として使用させるについては、使用者との間において格別の契約書をかわすことなく本件墓地使用保証金を受領し、その際、墓地使用者に対して「墓地使用保証金預り証」(以下単に本件預り証という)を発行するのみで、右預り証には、相続以外の権利移転禁止条項、保証金に対し金利を付けない旨の条項及び墓地使用者が墓地使用を不要とする場合には保証金の全額を返還する旨の条項(以下返還条項という)があるに過ぎないこと、右使用に際しては定期的その他の使用料の約定もなく、現実に右保証金以外に何らの金員の授受もないこと、本件墓地使用中の墓地の掃除等の管理は使用者の自治組織である徳風会が加入使用者より徴収する会費によりなしていること、使用者は墓地使用中提供者である原告に対し何らの金銭支払債務を負わないが、墓地使用中止を申出でた場合や祭祀者が絶無となり所謂無縁となつた場合は墓碑の撤去跡地の整地を自己の費用でなすべき旨口頭で約されていたこと、原告において、無縁が生じたときは僧侶に費用を支払つて墓碑より精霊抜き供養をなし、石碑を墓地の一角に設けた無縁塔へ集めて撤去する予定であること、右使用者の負担すべき撤去費用を原告が立替えたときの保証金による相殺約定は特になされていないこと、原告は前記返還条項等の約定による保証金を受領しての本件墓地をも含む吉相墓地提供(以下墓地分譲という)につき、一定区画に墓地を整然と区切り、その一ないし数区画を提供する方法をとり、これを「吉相墓地分譲」なる標語で表現して顧客に案内勧誘をなして来たり、訴外会社提出の資料によれば昭和三四年度から同四二年度までの間に一八七件の所謂墓地分譲をなし合計約一、九一二万円の墓地使用保証金を受領したこと、右一八七件及びそれより以前と昭和四三年以後同五〇年までの墓地分譲総計のうち、前記返還条項により原告が保証金を返還した例は昭和三四年度一件、同四一年度二件、同四二、四三年度各一件、同四四年度三件、同四五年度二件、同四九年度前後に三ないし四件合計一三ないし一四件にすぎず、この返還例の中には、同墓地内での区画変更であつて、墓地移転等使用中止による本来の返還に当らないものも含まれていること、右返還例においては一例を除きその余の殆んどにおいて、墓地使用者が自発的に費用を負担して墓碑撤去義務を履行していること、原告が受領した墓地使用保証金の単位区画当りの金額は年度を追つて順次高額となつているところ、これは原告が墓地地価の高騰に対応して値上げしたものであること、原告は墓地保証金を株券購入費に費消する等元本の安全保証のない運用方法に委ねていること、が夫々認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(3)  本件墓地使用保証金の「所得」該当性

以上(1)(2)の事実関係における本件保証金の経済的機能、性質を考えるに、一般に不動産の使用許諾契約に際し授受される保証金名義の金員は、敷金のように保証金差入者が負担する定期的賃料、管理、原状回復義務等の債務不履行時における使用許諾者の蒙る損害賠償を担保するためのものであつたり、遠くない将来の定時における返還を予定された単なる預り金であることが多いことは当裁判所に顕著な事実であるから、この点を以下本件につき検討する。

まず担保のための保証金か否かについてみるに、原告に対し墓地使用者が負う債務は墓碑の撤去義務のみで、これとて吉相碑の構造上の特色からしてその費用はさして高額となるものとは考えられず、現に前記返還例においても一例を除き使用者自ら履行済であることに照らし、本件保証金授受の当事者の合理的意思を経験則により推測すれば、本件保証金が右撤去費用の担保の趣旨のものとは到底認めがたく、同趣旨であるとする証人久保田秀二郎の証言は叙上のところより合理性に欠け採用しがたい。又同証人は無縁の際の精霊抜き供養費が高額かかるためその担保のためである旨証言するが、かかる供養は使用者の債務とは認め難く、むしろ無縁で不要となつた墓地を新たに別の使用者に分譲するための墓地経営者である原告のための準備行為とみられなくはないから、同様に右証言は採用しがたく、したがつて、右供養費は墓地再分譲の必要経費とみられなくはない。そして他に墓地使用者が負担すべき債務につき主張立証もないので、本件保証金は前記の保証金差入者の債務不履行による損害賠償の担保の趣旨とはいいがたい。次に預り金か否かについてみるに、吉相墓碑は構造上持ち運びが日本古来の墓碑より容易であることはたしかであるが、先祖の霊を祭り、その拝礼の対象とする点では古来の墓碑と同様であり、この点よりして使用中止が余り考えられず、又徳風会の教義が住居近辺の墓地を吉とするとしても、現下の土地情勢に照らせば移住の都度墓を移動することは容易でないことは公知の事実である上に、現にその例が稀有のことであること、及び高価な出費をして墓碑墓地をかまえた先祖の祭祀者の平均的意思を推測すれば、墓地使用者が容易にしかも短期間に解約を申出るとは到底認めがたい。そうだとすると前記返還条項はたしかに原告が使用者に対し保証金受領時に将来の返還債務を負担するものではあるが、右債務はその成就が稀有のことというべき使用者の返還申出という停止条件付であるということができ、又かかる発効が殆んど稀有の返還条項にそなえて予め常時資金準備をしておかねばならないものとは到底考えられず、右停止条件成就の際に初めて資金手当をなすことで十分であると認められる。従つて本件保証金は返還が予定されているため備蓄しておくべき一般に言われる「預り金」とみることもできない。以上のところと原告の本件保証金額決定方法とその運用態度に照らせば、本件墓地使用保証金の経済的機能と性質は、むしろ返還を予定されない墓地使用供与の対価ないしは墓地経営費用を償う目的で受領した金員であつて、原告において自己の自由に利用処分しうる金員というべく、換言すればその受領は原告における自由処分可能な経済的価値の増加すなわち収入ということができる。そうだとすると、前記返還条項の特質により同条項が存するに拘らず、原告は本件墓地使用保証金受領により、その年度において保証金同額の不動産自体の貸付による収入をえたものというべきであり、右保証金受領は所得税法二六条に定める「不動産の貸付による所得」に該当するというべきである。

4  本件墓地使用保証金による所得の帰属者

原告は本件対象土地中に訴外会社所有地が含まれているから、その部分につき支払われたと思われる別表三のうち番号に〇印を付した保証金は訴外会社の所得であつて、原告の所得でない旨主張するので考えるに、およそ資産又は事業より生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、その収益の享受者が名義人以外の者である場合にはその収益の享受者を所得の帰属者とみるべきものである(所得税法一二条参照)から、これを本件についてみると、原告が墓碑を販売する訴外会社の代表取締役であることについては当事者間に争いがなく、前掲各証拠に〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は訴外会社の代表取締役であり、同会社の経営担当者は原告の兄弟で占められていること、本件領収書の名義がいずれも原告個人のものであり、訴外会社の収益にも計上せず、原告及びその家族の持株の購入等の運用金として利用していること、後日本件対象土地内に訴外会社所有土地が含まれている旨原告が主張し出した後においても、原告が右土地につき受領した本件墓地使用保証金につき訴外会社、原告間で調整が行われていないことが夫々認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の本件係争年中の本件墓地使用保証金による経済的収益は、仮りに訴外会社所有土地が本件対象土地に含まれているとしても、訴外会社所有土地に関する右保証金も含め、すべて原告が享受したものと推認すべく、従つてこれによる所得は原告に帰属するというべきである。

5  総所得額と税額

別表二の(五)の(2)の必要経費については原告は明らかに争うものと認められないから自白したものとみなすべく、そうだとすれば双方のその余の主張につき、考えるまでもなく、結局原告の本件係争年中の総所得金額は別表二の(六)(ただし括孤内の数字を除く)のとおりと認められる。

そして右総所得金額に基づく所得税法所定の税額算出、過少申告加算税が別表(一)の(二)(三)のとおりの数額となることは当事者が明らかに争うものと認められないから、結局、本件処分に違法はないというべきである。

三  結論

以上の判示理由により、原告が本件係争年中に受領した本件墓地使用保証金をその所得であるとしてなした被告の別表一の(二)(三)記載内容の本件処分に違法はないから、右処分を違法としてその取消を求める原告の請求は失当として棄却すべきものであり、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 杉本昭一 岡原剛)

別表一、二、三〈省略〉

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